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Debucheへ <カトマンズへの帰路編>

2011_11_18_2300空は青空一杯ですが、心は晴れぬまま。

夜中、酸素飽和度が73%まで低下しましたが、血圧も熱も正常範囲でしたので水だけ飲んで寝ました。
翌朝は83%まで回復。なんだったのかな?

とにかく、今日(18日)はディブチェまで15kmほどの行程となります。
食欲はないけど、無理してでも詰め込んでロブチェを後にしました。昨日すぐそばにあったプモリはもうこんなに小さくなりました。

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2011_11_18_230540分ほどで遭難碑のたつThokla峠に来ました
(※ ‘la’ 自体も峠の意味だそうです・・・)
先頭はプードルジシェルパ。荷物をもってもらった自遊人が続きます。
プー君はだいたい早足だし、自遊人も足はくたびれてません。途中で休憩してますから実質歩いたのは30分程度?

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雪崩とかで亡くなった多くのシェルパや隊員がここに眠っている神聖な場所です

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2011_11_18_2316下りは速いですね。

たまに先頭を任されるシェルパのプー君。
カラパタールも初めてだったそうです。
歩く道に迷うと一番後ろにいるチリンに道を聞いていました。

9時半前にトゥクラの町まで下りてきました。

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右写真中央の坂を下ってきました。大した坂ではないですが、ここは4000m超の地、登りはきつかったです。

2011_11_18_2321さて、トゥクラからさらにペリチェへと下ります。

下りきる頃には遠くペリチェの町が見えます。
距離にして約3k、見えている分到着するまでの時間は精神的にも長く感じました。

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トゥクラまでの行きと同じ風景を見ていますが、行きはディンボチェからの上の道からでした。今は川と同じ標高から見ていますが、同じ山も雰囲気が全然違って見えます。

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2011_11_18_2339_2昼食の時間はたっぷりあります。

精神的なこともあって体調は本調子ではありませんが、普通に食べられるくらいには回復しました。
この日もシェルパ(プー君)がザックを持ってくれましたので、体は疲れないどころか元気になりました。

サンドイッチと巻きずしの不思議な組み合わせ。
ポテトフライが美味しいです。

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2011_11_18_2353ズームアップすればそれなりの大きさに見えるローツェ。

今日は18日。一番そばまで訪れたのは4日前のことでした。
こうしてだんだん遠くなっていくと寂しい気がします。

最新の調査では「ヒマラヤの氷河はなくならない」との事ですが、次、訪れることがあった時、どんな姿をみせてくれるのでしょう。期待と不安が入り混じった気持ちを抱きながら、エベレストの眺めを背に下っていきました。

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途中で日本人のグループと会いました。カトマンズ⇔ルクラの飛行機が天候不良で飛ばず、やはり予定が大幅に狂ってしまったそうです。

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ザックも持ってもらってるし、帰りは楽だなぁ~。
最後の写真の一週間前の様子はこちら

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載っていない地図もあるディブチェは結構縦に長い町でした。
町をどんどん過ぎていき、「まだかなぁ~」と思った16時頃到着しました。
行きに「インターネットができるんだ」と思いながら通ったので見覚えがありました。

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ここのロッジが一番いい感じでした。なにせ食堂には音楽が流れているし、部屋の壁はベニヤむき出しじゃなくて壁紙が貼ってありましたからね。
ドイツ人のグループも泊まっていました。西欧人のグループはリーダーらしき人が長々と説明し、それをおとなしく聞いているスタイルが印象に残りました。
グループの中のひとりがチリンさんの略歴に感激して、後刻名刺交換もしてました。
なんども写真撮ったり、我々もなんだかついでに撮られたり・・・こういう陽気さはもともと日本人は乏しいですが、最近の若い人は変わってきた気がします。

明日はいよいよナムチェ。先に下山した組は元気にやってるかな~   

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コメント

自遊人さん こんにちわ〜〜

長い事楽しまれた山々ともいよいよお別れの時が・・・

沢山のオミヤを買わないと日本には帰れないようですね
ここではドルなんですか??
海外旅行したことないうーちゃんです 換金するのも大変・・日本でされて出掛けられたんかなぁ?? 
うーちゃんならここでも困りますね

まぁたぶん出掛けることないからいいでしょう

うーちゃんさん 長いことおつきあいありがとう。
もうしばらくすると雰囲気の違った風景となります。

どんな場合も帰り道は寂しいものです。
自遊人はどちらかというと自分用のお土産のついでに知人のお土産をあわせて買います。お菓子系は逆に余ったら自分用ですかね。
ここはルピーという通貨なんですが、ほぼ円とイコールのレートなので苦労しません。ドルも使えますが、レートが悪い場合が多いですね。

多くの人がその国の貨幣で苦労します。特にネパールのはボロボロでした。もっとも手渡しが多いので機械に詰まることはないですね。貨幣価値も低いから偽造の心配もないのかも知れません。
ちなみにこのような通貨は現地で両替することになります。
日本でドルに両替して持っていくので手数料とかで損します。
今は円高ですから、再度円に替えないように上手にお買い物をすれば、得した気分も味わえます。

こんばんは&メリークリスマス☆

PCで見ると、前の方にう~~~んと読みたい記事があるのですが、その誘惑を振り切ってこっちまで来ました♪

高高度からの軽快な戻り囃子と云う感じですね。
一度ピークを経験されると後は結構順応出来て行くものなのでしょうか?

エベレスト、拝見しているとこちらの方では目だたない山嶺なのでしょうか?人間社会にもよくあることです。

サイモンさん いつも丁寧なコメントありがとうございます

高度順応は登り下りを繰り返しながら標高を上げていくそうです。
それでも生理的限界は8000Mだそうです。
4000m超の標高に住んでいる人はそこに体が順応しているのと同じで、ピークにアタックする隊も高度順応に時間をかけていくわけです。
逆に体がその高度に対応する前、すなわち今居る高度に体が慣れている間に登ってしまうという方法が無酸素登頂などでしょうが、相当な体力と気力が必要なことは言うまでもないでしょうね。

下山時は酸素も多くなってくるし、すでに無事通過できた高度では体が楽になります。マラソン選手とかが高所トレーニングするのも、こういう酸素の薄い環境で体作りをする理由がわかる気がしました。

まわりが7000mは当たり前、8000mもざらにある世界ですからね。
槍ヶ岳やマッターホルンのように特徴あればよいですが、エベレストは高いだけで特徴は大してありません。
かえって途中で見てきたアマダブラムとかのほうが記憶に残ります。
どこの世界でも一緒ですね。

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